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今日は職場の若手同士で飲み会がありました。
まめぞーです。こんばんは。

酔っ払った勢いで書いちゃう。
うちの部署に今年から新人君が入りました。
当然ながら仕事の仕方や人付き合いの仕方は私たちが教えることになる。

私の本音なのだが、新人に対する評価それすなわち教えてくれる先輩の評価なのだ。
だからこそ私の評価を上げるためにも新人には下手なことは教えられない。
「おおーさすが新人なのにまめぞーが鍛えただけあるな」と言われたい。

だから本当に真剣に親身になって教える。
怒るし、褒めるし、そいつから嫌われようが構わん。
新人には悪いが、「俺」のために教えている。
それは隠せない。隠しきれない本音です。
情けは人のためならずじゃないけどさ、新人が仕事覚えないと回らんし、
そいつができるって評価受けたらこっちも嬉しいじゃん。

というところを平気で本人に自分で言っちゃうのが私。
だってさー、それ否定できんだろーってのが私の考え。
新人に、こうしたことを説明してたら、
「それ僕に言うたらダメでしょ(笑)」って言われた。

自分でも「いやらしい」先輩だとは思う。
けど、それ隠して仕事できないのが俺の性格なんだよ。
説教くさくなるのが年取ってきたなーって思うわー。
めんどくせー先輩だこと。

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急に寒くなりましたね。
うちの娘が少し咳と鼻水が出るのが心配です。
まめぞーです。こんばんは。

以前から私のことをご存知の方はご承知でしょうけど、私、子ども嫌いでした。
10代後半から20代前半はもう、
スーパーで泣いてる子とか見るとイライラするくらい。
20代後半になるとだんだんと遠くで見る分には可愛く思えてきました。
近くで接するとなると絶対にダメでしたけどね。

それが今ではすっかり子煩悩な父親になっております。
子ども嫌いだって話をしたとき、自分の子どもは違うよーって
言われたことはありますが、確かにそのとおりになりました。

でも、今では不思議なことに、他人の子でも可愛いと思えるようになったし、
接するのが全く苦にならなくなりました。
小学生の相手をするのなんかめちゃめちゃ嫌だったのになぁ。

よくよく考えてみると、私は親戚が少なく、周りに小さい子がいた経験がありません。
それで「どう接したらいいか分からない」のが子ども嫌いの原因だったんだと
今になってみればそう思います。
基本的にうちの娘の相手をするような気持ちで、
他の子どもにも接すれば自然と相手ができるようになりました。

特に今年は小学生に魚のさばき方を教える仕事があったり、
キャンプをさせたりという子ども相手の仕事が増えましたが、
女の子たちからもなつかれましたし、男の子も一緒に遊びました。
こっちが心を開いていると子どもって分かるものなんですね。

以前からこういうことができる人っていいなぁと思って
ずっとブックマークをしていた記事があります。

紺色の人「大人のための対子供格闘術【タタカイ】講座~野外編~」

上手いなーというと少し語弊があるかもしれませんが、
私からしてみれば、上手いなーという他ありません。
こういうのってマシラが得意そうなんだよな。

自分でも自分の子供時代を思い出したり、
もちろん、今の感覚でもこれってすごく面白い!って思ってはみても、
自分ではできないよなとどこか妙に冷めた目で見ていたのは
「子どもとどう接していいか分からない」という負い目からだったのかも。
本当は、実はこういうことが素直にできる人がうらやましいくせにね。

「子どもとどう接していいか分からない」というのを
単に子ども嫌いという衣を着せて自分を保っていただけかもしれません。
そのくせ知識だけはあるから、子どもってこういうものとか平気で言ってみたり。

年を取るにつれて身に纏ってきた変なものを全部脱ぎ捨てて、
今度は素直にこういう遊びを子どもとやってみたいです。



ちなみにこの「紺色の人」の他のエントリも面白いですよ。
森ガールの女装して森林に分け入ったりと基本的にアホ。

3週間のご無沙汰でございます。
訳あって、ブログを書かずにいました。
その間、ずっと考えていたのですが─

20091006192056_08_400.jpg

やっぱわし、チャンカワイに似てるわー。
ほんとそっくりやわー。

否定したくてもできない現実。
まめぞーです。こんばんは。
太り具合とかも似てるの!

ブログを書かずにいた理由というのは、これ書かなくなったら
自分の生活にどんな影響が出てくるのかな?と思って実験してみたくなりました。
今まで小なりとは言え、インターネットを通じて
「情報を発信する」という行為を行ってきました。
長いこと続けてますし、少しは何か変化あるんじゃないか?って思ったんです。
それでインターネットの利用を「情報を収集するだけ」にしてみたんですね。

結果としては生活には全く影響はありませんでした。
今までの「ブログ書かない日」がずっと続く感じで、
時間の使い方とかが特に変化が出てきたということはありません。
当たり前なんでしょうけどね。

ただ思ったのが、情報を収集すると同時に
面白いことなどがあったら、自然と「どう発信するか」を考えているんですよ。
これ面白いなとか、あ、こういうのあったんだ!ってのを見ると
「ネタ」としてどうブログに書こうかって文章を考えているんですね。

ブログを書くということは、私にとって非常に良い訓練になっています。
それは「自分の思いや考えを文章化する」ということ。
特に私は文書を作るのが仕事ですので、それを鍛えるのにも
このブログを書くというのが非常に良いんですね。

頭の中に浮かんだ考え方などをきちんと文字で文章化する。
訓練していないと、これって結構、難しいんですよね。
そしてそのプロセスを経ることで、自分の考え方が深まってくることが多い。

私の場合、アイデアなどは結論がぽっと浮かんでくることが多く
だいたい後付けで理論構成などを考えています。
今回の記事も「ブログを書くのは訓練だ」から始まって
色々と掘り下げながら書いてるんですよね。

それで書けないとなると考えがまとまっていないということ。
特にこういう真面目?な記事はそうです。

また、単に文章を書くのではなく、
「読んでもらって理解してもらう」ことを前提として書くことは
それも非常に重要な要素です。
面白いと思ってもらえるように書くということは
私が面白いと感じたことをどういう風に伝えるかってことですからね。

公開して、ダイレクトに反応が返ってくることは
訓練ではなく実戦という面もあります。
なかなか面白いものですよ。

最近は仕事でも文書を作るだけでなく、ケーブルテレビに出演して
情報を色々と発信するということもしています。
毎月のように出てるんですよ、これが。
これも自分のアイデアを映像化するという点では
ブログでやってきたことが非常に役に立ってるなと思ってます。

これからも適当な文章で、適当なことを書いていきます。
発信するって結構、楽しいんですよ。
なんか急にすごく寒くなってきましたね。
こんな寒暖の差が激しいときは決まって鼻炎が出てきます。
ティッシュなしでは生きられない男。
まめぞーです。こんばんは。

この年になって初めて職場で直接の後輩ができました。
それまでは私が1番の若手であって、
自分が真っ先に動かなければいけない立場でした。
それはまだまだ今でも変わらないのですが、
後輩の指導というものも考えていかなければならなくなりました。
人に比べたらすごい遅いほうですよね。

若手の職員とも仕事で絡むことが増え、
だんだんと自分のポジションが変わってくるんだなーと感じています。
それで若手と飲む機会も増えているんですが、
だんだんと話すことが説教くさくなってきているのがおっさんになった証。
おっさんじゃないのにおっさんなんて言ってられなくなりました。

1次会、2次会はいいのですが、3次会ともなると
若手がどっか連れて行ってくださいってなるものですから、
静かに飲めるようなところを選んで話をするようにしてます。

最近、よく思うのは、この子達はやっぱりもっと
色んなことを吸収して欲しいってこと。
今のうちに色んなものを自分の引き出しの中につめとけって。
どんなにくだらんことでも、どんなことでもいいから何でもとりあえずつめろって。

若手って知識はあると思うんですよね。
ただ少し心配になっているのは「自分に有益なこと」しか
持ってないんじゃないかなってことです。

「知識」、「情報」に対し勝手に価値判断してしまってるんじゃないんだろうか。
つまらんとかくだらんって思ったことに対しては、
全然、興味を示さずに、ぽいって捨てちゃってるんじゃないんだろうか。

私はそういうことこそが大事って思うんですよね。
捨てちゃうなんてもったいない!って。

もちろん自分の好みや趣味といった絶対的な価値判断の中では
そうしたものも必ず出てきます。
ただ、相対的に見た場合、自分ではくだらんとかつまらんって言う知識や情報が
人にとってはすんごい重要なものだったりするんです。

そういうものこそもっともっと若手には吸収して欲しいもの。
嫌いなものでも食べてるかしら?ってのはそういうこと。
勝手に情報の価値を判断せずに、何でも引き出しにつめこんで欲しい。

例えば私も今、流行ってるアニメなんて全然見ないし興味もないですが、
けいおん!とかが流行ってて「あずにゃん」ていう女の子がいることは知ってます。

そうしたことを知っていれば、それが好きな人と会話できるじゃないですか。
ひょっとしたらそれがきっかけでけいおん!がすごく見たくなるかもしれない。
そこからまた自分の引き出しが増えるかもしれない。

アイドルマスターで千早が好きって言うてたこともそう。
全然、アイマスなんて興味がなかったものが
名前も覚えて、歌も覚えて、可愛いって思って。
それでブログのネタにもなるし、自分も楽しめる。

要は引き出しの中にいっぱい詰め込んでおけば
コミュニケーションの幅も広がるんですよね。

彼らは自分の生まれ育った島に伝わる言い伝えやお話とかも
おそらくまだ知らないと思う。
それで彼らは外の人に自分の島のことを話せるだろうか。

私もそうしたことが段々とおっくうになってはきてますが、
もっともっと引き出しに詰め込んでいきたいと思います。

・・・まぁ、ほんとおっさんになったなぁ。

今日はすんごい風!
夕べ遅かったせいかお昼過ぎに起きてもったいないなーと思いつつ
お部屋のお掃除をして、またゲームしてました。
まめぞーです。こんばんは。
冬の間に、ひきこもりにも磨きがかかってきましたよ。

上手くいかないことこそ面白い。
タイトルにも書きましたが、そう思っています。
1番は人間関係。

特に結婚してからは妻との関係がスタートしました。
今まで自分1人で好き勝手に生きてきて、1つ屋根の下で2人が暮らし始めると
色々な問題が起きてくるもの。

上手くいけばいいけど、多くはそうでないことが多い。
特に妻は、私がゲームばっかりして構ってやらないのが気にくわないらしい。
最終的にどっちを取るんだとなると、それはもちろん妻ですが、
私にとっては、妻も大事だし、オンラインゲームの友人関係も大事。
同列に扱うの!?って怒られそうです。
そうじゃないのは分かっていてもそう言いたくなるんでしょうかね。

私だけがやりたいことを全部やっていいとなると、
なぜ結婚したんだという話にもなってきます。
今の私は、自分がやりたいことと妻が求めること、
これがどうすれば上手くいくのか、
自分と相手との関係をどう整合していくのかを考えるのが非常に面白い。

これからまた妊娠、出産と様々な関係性が出てきます。
刻々と変わる状況の中で、どうしたらいいのかなということを
ずっと考え続けていかなければいけないと思ってます。
まめぞーという人間が私1人である以上、それは全て私が解決することですから。

必ずそこには相手がいる。
これは何も妻だけに限った話ではなく、
職場でも、リアルの友人でも、ゲーム内のギルドであってもそう。
違う考え、感情、経験を持った人間が集まっているのだから、
上手くいかないのが当たり前。

それこそ相手とコミュニケーションをとってみないと分からないものです。
私自身は、「言わなくても分かる」というのは幻想だと思ってます。
自分が相手のことを「こういう人間だ」と思い込んでいた幻想を、
木っ端微塵に打ち砕かれたときの衝撃というのは、何度経験しても面白いものです。
こういうところが、どMがどMである由縁かもしれませんね。

色々とお話をするのは楽しいことですし、自分自身が吸収できることも多い。
もちろんコミュニケーションのすべてが上手くいくとも限りません。
私の悪いクセですが、包み隠さず自分の感情や考えを全て伝えることに全力で、
相手のことを考慮しないというのがあります。

それで失敗したことも多い。
今もその経験というのは苦笑いとともに思い出されるものばかり。
それでも「それがあるからこそ今がある」ことを思えば、
捨て去ることなどできないでしょう。

生きていく上で、「人と人がぶつかり合うこと」
(これがないと他者というものは存在しないし)こそが大事であって、
「私が生きる」ということを最上とした場合、
私自身の考えを全力で伝えることはある意味当然とも思っていますが、
私のように全力でばかりいくと潤いがなくなってしまうのも事実。
もう少しこの辺を上手に言えるようにするのが今後の課題です。

「自分と他人の関係をいかに整合させるか。」
この命題を、私は死ぬまで考え続けることになりそうです。
飽きるヒマもありません。

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